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ミャンマー列車の旅 『井口 久生』

 経済発展の目覚ましいミャンマーで、取り残されている感があるのが鉄道。いずれ開発の波が押し寄せてくる前に“今の内にのんびり鉄道で旅をしてみよう”という都築専務理事の発案で、下はアラサーからアラエイ(80歳)までのミャンマー好きオヤジが6名集合。ヤンゴン、バゴー、タウングー、そしてネピドーまでの“途中下車の小さな旅”の始まりです。

 初日3月21日。朝8時ヤンゴン発の特急に乗って、出発です。ヤンゴンーバゴー間約80Km。乗る車両は古いけど、ビール会社の綺麗な広告付き、ヨーロッパ仕様かな?2人がけのリクライニングシート。ところが、これがほとんど動かない・・。そして洗濯したのは一体いつ?のシートカバー・・これでも座席指定車のUpper Classです。
因みに一般車両はというと、4人対面で簀の子状の木製シート、機関車はディーゼル。

8時に出て20分程、線路際に空芯菜の畑などの有る市街地を走り、8時45分頃工場地帯を走り抜け、その後は刈り取りが終り乾燥した田圃の中を水牛の群れやため池を見てひたすら走り続けます。

 バゴーが近づくと、パゴダが現れはじめました。そして9時45分、バゴーに到着です。バゴーは、850年ごろモン族タトゥン王国の支配下として歴史上に現れる、バガンやマンダレーと並ぶミャンマーの古都。私たちは、お決まりのパゴダ巡りへ。映画「ビルマの竪琴」で有名になった涅槃仏、四面仏陀を回りました、当日は、ちょうど満月の日。夕刻ライトアップされたパゴダに満月がかかり、とてもロマンチック。でも残念ながら、メンバーが悪かった!

 さて翌日2日目は、バゴーからタウングーまでの約200Kmの旅。7時40分頃出発、窓の外には田圃や畑―のどかな風景が続き、ついつい睡魔に襲われ熟睡してしまい、駅に止まって目を覚ましました。トレイを器用に頭の上に乗せ 果物を売り歩く車内販売から、三宅さんがスイカとブドウを買って皆におすそ分け。ありがたくそれを食べながら、途中駅に到着。線路から直接タラップに捉まり乗降する人達を眺めながら、のんびりと、揺れる列車に身を任せ、きっとスピードを出すと脱線するだろうな、などと考えているうちに、12時30分、タウングー到着です。

タウングーは、1347年から1752年までミャンマー族のタウングー王朝のあった場所で、一時はタイのアユタヤ王朝も支配下に置く勢いでした。泊まったホテルは、かつての宮城の中に有り、池に面したコテージ風の雰囲気のいいホテル。観光は、またもやパゴダ、さすがに少し飽きが来ます。

翌日は、早くも最終日。首都ネピドーまでの短い旅になります。発車時刻の13時30分まで十分すぎるほど時間があるため、タウングーの町中を散策しながら駅に向かいます。2時間ほど早く着いたのですが、駅前、駅中なにもありません。と思ったら、それはそれは小さな“キオスク”を発見。でも買うべきものが何もない・・・やむを得ず皆さん昼寝の時間となりました。

しかし、ミャンマーの国鉄は、見せ場を用意してくれました。何と若者が数名列車の屋根の上に上がり、客車其々に列車を移動させながら、給水塔(?)から給水を始めたのです。トイレが水洗だったのが、なるほど理解できました。

13時30分になり出発した列車は、約120Kmを3時間かけて走り、16時30分ネピドーに到着です。近代的というか、無機的というか、ガランとした大きな駅でした。降車客以外は、ほとんど人がいません。見かけたのは数十人程度、寂しい限りです、そして、首都の駅だというのに駅前にタクシーが居ない!ほんとにここは首都の玄関口なのか、と目を疑ってしまう光景でした。

これで私たちの小さな旅は、終わりました、何もないと云えば何もない。でも、のんびりと走る列車の車窓に広がる、刈入が済み乾燥した田圃、水牛の群れ、庭先をウロウロするにわとりやアヒル、山羊、豚などなど、はだしで遊んでいる子供たち、お母さん、老人、男衆・・・時に幹線道路の踏切に居るトラックやバス、バイクなどの一群。どれも、このゆっくりとしたスピードでなければ、味わえないものかも知れません。開けっ放しの窓から、誰に遠慮することなく、心地よい風を受けながら流れゆく景色を楽しむことは、この国ならではの、列車の旅の魅力だと思います。

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