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ミャンマー鉄道支援『高松重信』

1.はじめに

 私は日本国有鉄道時代の1982年(昭和57年)にJICAベースで当時のビルマ(現ミャンマー)国鉄へ技術指導に派遣された。これがミャンマー鉄道支援を始めた切っ掛けである。振り返ってみれば、知らぬ間に今年で支援が34年になっている。2003年(平成15年)ミャンマー国鉄からの強い要請によりボランティア活動として短期鉄道学校をミャンマーで開設させて頂いたおり、ミャンマーの鉄道運輸大臣及び副大臣と国鉄の高官殿と親しくなった。当時、末期的なミャンマー鉄道様態であったため、大臣、副大臣などから強い支援要請を受け、この頃から、私は本格的に(社団法人)日本ミャンマー友好協会の一員としてミャンマー鉄道支援を行う様になった。

2.ミャンマーの鉄道

ミャンマー鉄道の開設は1877年5月(明治10年)であって、歴史は古いが、ミャンマー民衆のためというより、英国の植民地政策の一助として鉄道が開設された。その後、第二次大戦後の1948年1月4日にミャンマーが独立し、我が国、西ドイツ、フランスなどがミャンマー鉄道支援を行った結果、鉄道の整備・拡充がはかられ、一定の役割を果たせるようになった。

しかし、1990年5月の総選挙でアウンサンスーチ女史が率いるNLDが80%を超える議席を獲得し大勝したが、タンシュエ議長率いる軍政側は『民主化より国の安全を優先する』と権力の移譲を拒否し、以後、軍政が敷かれ、スーチ女史は自宅に軟禁された。この政変に対して日欧米は経済・技術その他の支援を中止した。この事実上の封鎖後、中国が主体になりミャンマーの鉄道支援をおこなうようになり、これに危機を感じたインド、タイも支援をするようになったが、如何せん、一旦安定した鉄道がその後は老朽の一途を辿った。例えばヤンゴン~マンダレ-間620.1kmの鉄道到達時間は現在よりも34年前の方が約2時間早く到達していた。

(写真は首都ネピード中央駅)

このように2003年頃には、ミャンマー鉄道が末期的な状態を呈していた。時の政府も流石に鉄道は国家の大動脈であり、鉄道の発展なしに国家の発展はなしと気づいた。そこでミャンマー政府は鉄道の改善を国家事業の重点施策に指定し、必死に改善を図ろうとしたが、一旦、破滅的な状況に陥ると復興は費用と時間が必要になるから、容易にその効果が挙がらなかった。他方、ミャンマー鉄道は植民地時代に国民から、あれは英国およびインドの鉄道であるとの認識により愛着も抱かれなかった。つまり、ミャンマー鉄道は我が国や先進国に比べて誠に不幸な時代が長く続いていたのである。
2011年ミャンマーが民主化に舵を切って以来、我が国を含む諸外国はミャンマー鉄道支援に乗り出したことと相俟って、ようやくトンネルから抜けだし、鉄道の本来に役割を果たすべき改善・拡充と近代化の緒についた。

ミャンマー鉄道の2013年から2014年間の一年間の実績は以下の通りである。

◇総営業キロが約6,000㎞。
◇輸送量は2013年~2014年の1年間で、旅客輸送が5,320万人/年、貨物輸送で247万トン/年、
◇社員数約22,000人、駅数960、ディーゼル機関車(SL35両含む)440両、気動車250両、客車1319両、貨車3380両。
◇収入62208百万チャット÷12.27=5,070百万円、支出108747百万チャット÷12.27≒8,863百万円。
◇列車は殆どディーゼル機関車による牽引方式。
◇2006年に機関車メンテナンス規定を日本の指導により、ミャンマーが独自で作成し、これに基づいてメンテナンスを実施した。これが機関車メンテナンスのターニングポイントとなり、不十分ながら故障が少なからず減少した。

しかし、気動車などは未だメンテナンスが確定されておらず、故障が多発している。このために来年早々からJICAによる気動車メンテナンス指導の技術プロジェクトが開始される予定である。また、長年に亘り、線路、車両、信号、駅舎などの鉄道整備が不十分なために、それら設備が老朽化し、本来の鉄道輸送に支障を来している。そこで早急なミャンマー鉄道の改善、拡充と近代化が必要となっており、我が国も積極的に鉄道支援を行っている。

3.ミャンマー鉄道発展の重要事項

国家の大動脈である鉄道は次の3つの要素から成立っている。 従って、一要素でも改善されないなら、鉄道は3要素中の最低レベルの要素で運営されることになる。 そのために、ミャンマーの鉄道を発展させるために、3つの要素をバランスよく発展させなければならい。

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4.日本の軍政時代の鉄道支援

ミャンマー国有鉄道の副総裁の強い要請により、私は(社)日本ミャンマー友好協会の一員として2003年9月同国へ渡り、ボランティアで鉄道学校を開設、選ばれた国鉄職員へ技術教育を行った。そのおり、鉄道運輸大臣、副大臣との親交が深まり、何事も遠慮なく話せる悠久の戦友となっていった。当時この国の鉄道産業は末期的な状況にあったので、鉄道を再生させるために同国の大臣、関係責任者などと共に汗を流した。このような活動を通じて自然に大臣、副大臣などの私的顧問をも果たすようにもなった。また、当時、ミヤンマーは動力鉄道車両が極端に不足しており、且つ 鉄道技術も不十分極まりない状態にあったので、大臣、副大臣から日本の廃棄用気動車等の譲渡や教育及び顧問役割等の要請を繰り返し受けた。

そこで、我々日本の有志は2003年末から両国に跨る政府機関および関係各位のご協力を得て、幾多の偏見や障害を乗り越え、粘り強く、正にアヒルの水かきの如き努力を積重ねてきた。中国や印度のように国家政策としての大幅な鉄道支援、また仏国大手企業や中国と提携した米国企業の施策的な見地ではなく、些か鉄道の本質を知る我々は真なる鉄道発展と日本支援の限界を見定め、同時に両国の国益 (ヤンゴン港に到着したキハ183系) をも考慮した『鉄道支援のコンセプト』を創り、石垣を一つ一つ積重ねて来た結果、只今(2016年)までに日本製の用途廃止された気動車・機関車など約300両以上が緬国へ譲渡された。

一方、鉄道技術教育を行なった生徒はJICA支援も含め短期も入れると約240名になり、
その内18名が日本で短期講習を受けており、彼らのうち数名が緬国鉄の重要な職責に就きつつある。また、旧ヤンゴン機関区は日本製鉄道車両の専属メンテナンス工場になっている。近々に広大なイワタジの土地に我が国のODAによる本格的な気動車メンテナンス工場が建設され、ヤンゴン・メンテナンス工場がそこへ移転されることが決定されている。気がつくと知らぬ間に、日本製鉄道車両などと教育させて頂いた人達が緬国にとって格別重要な鉄道の主要部分を担い、且つ、重要な位置を占めている。結果として、緬国市民生活と産業及び経済発展に寄与しているようである。

我々は日本製気動車をミャンマー国鉄が自ら改造し、自国で使用できるように技術指導を行い、改造経費の縮減と技術力の向上をはかった。つまり、ミャンマーの『身の丈に合い、実施できる指導』を行なった。改造の主内容は以下のとおりである:
① 車輪間隔1067ミリを1000㎜のミャンマー線路幅に合う改造及びこれに伴うブレー キ関係の改造。
② 車両高さを約200mm低減する改造。
③ 一部配線の回路変更。
④ その他

日本とミャンマーで開発したThilawa工業団地近くのThilawa港から陸揚げされ、Thilawa支線上で仮台車に乗せられたJR東海のキハ40(2015.5.27)

リフティングジャッキを使用して、左右車輪間隔を1000mmに改造された台車と踏切の線路上で乗せ換えされている。 

インセン工場で左右車輪幅とブ レ―キリンク位置などを改造された台車(未塗装)

5.ミャンマーが民主化に舵を切った後の鉄道支援

(1) 鉄道支援に関する我国とミャンマーのMOU(覚書)締結

御存知の通りミャンマーは2011年3月から民主化へ舵を切って以来、それまで中国、韓国、インド、特に中国一辺倒から諸外国との外交窓口が開き、日欧米による経済制裁などが解除された。これに伴ってミャンマーはアジア最後のフロンティアと称され各国が競って進出している。鉄道に関しても然りである。中国、インド、韓国、タイ、ヨーロッパと日本が鉄道支援と事業展開を図っている。その様態は誠に激しい競合である。我国としては覚書などを緬国と締結し、官民一体で鉄道支援と事業展開を致している。私は今迄に、我々両国の有志と双方の政府機関が協力して緬国鉄道の地盤を構築してきた土台の上に、我が国の官民が緬国国家の大動脈である鉄道の発展に貢献し両国の更なる共生を願ってやまない。

2013年6月19日、日本政府の太田国土交通大臣と緬国のZayar Aung鉄道運輸大臣との間で【陸上輸送分野に係わる協力覚書】の調印完了。 2013年8月11日両国の担当大臣は緬国首都のN ay Pyi Tawで意見交換を行い、両大臣は具体な事案に共同認識を示し、双方が確認書の署名を行った。また2013年12月東京でのASEAN首脳会議時に我国総理と緬国大統領との会談でも鉄道支援に関する合意もあった。

更に、2016年4月1日アウンサンスーチ国家顧問が率いる新政権が発足した。従来の鉄道運輸省、運輸省、通信省の三省が一省に統合され運輸通信省となり、H.E U Thant Sin Maung運輸通信大臣が誕生し、鉄道、船舶、港湾、航空、空港、自動車、道路、通信などの幅広い交通分野を所掌するようになった。
2016年10月17日(月)国土交通省の招聘で、新政権のH.E U Thant Sin Maung運輸通信大臣御一行が来日され、石井国土交通大臣を表敬訪問され、両大臣は会談後、国土交通省とミャンマー運輸通信省との間の交通分野における協力覚書に署名された。

10月19日(水)大臣一行が関西に来訪されたおり、私は当協会の一員として同行し、視察案内をさせて頂くとともに、大臣をはじめ親友との再会と旧交を温めることができた。

(筆者とThant Sin Maung運輸通信大臣。於:大臣室 2016.8.16)

(2) ミャンマー国鉄の鉄道近代化、主要プロジェクト(ミャンマー運輸通信省の計画)

1)ヤンゴン・マンダレー(620km)間幹線鉄道近代化
◇円借款などによる鉄道車両、軌道、信号、運行システムなどの改善と近代化
2)ヤンゴン環状線及び近郊線の近代化
3)ヤンゴン中央駅の開発(各鉄道施設の移設含む)
4)マンダレー~ミッチーナ線の軌道・信号改善
5)バゴー(ペグー)~ダウエイなどその他の軌道改良
6)機関車及び気動車のリハビリテーション
7)技術訓練および研究(試験?)センターの設立など

(3) 日本の支援及び事業展開の取組み

国土交通省は、2013年5月ミャンマー鉄道近代化WG会議を立ち上げられた。私は(一社)日本ミャンマー友好協会の一員として各省庁及び各機構の各位などと、この会議の委員に選任され、緬国近代化へのRoad Mapを策定し、緬国側とそれの摺り合わせを行い、支援を行っている。このRoad Mapを基本にして関係省庁、各位及び企業は支援と事業展開を図っている。

このため、我々は鉄道車両に対する具体的な行動として、毎年しばしばミャンマーを訪問して現地の調査、改善の打合せ、教育、高官殿へのアドバイスなどを公私の立場で行ないRoad Map等の実現を両国が共同して行っている。

(4) ヤンゴン・マンダレー(620.1km)間の幹線鉄道近代化の具現化(Phase1)

JICAは2016年6月21日東京でヤンゴン・マンダレー鉄道整備事業Phase1の事業説明を行った。内容は次の通りである。事業の目的、既存設備の状況、基本設計思想、主要工事、契約パッケージ、施行上の与条件とMR(ミャンマー国鉄)の責任範囲、PQ要件、軌道(路盤、橋梁などを含む)、新製車両の調達(DEMU=電気式動力分散型ディーゼル動車)、車両メンテナンス工場の新設、駅改修、信号・通信設備更新、今後の工程などと、鉄道輸送サービスの安全性、速達性、輸送コストの低減、旅客・貨物輸送量の増加などを図り、国民の生活向上と産業・経済の発展に貢献するための目的である。また、旅客列車の最高速度100km/hを目標として、ヤンゴン・マンダレー間の鉄道による所要到達ni時間を8時間以内に収めることを技術面の目標にしている。

Phase1はPazundaung (パズンダン)駅~Toungoo (タウングー) 間267km 43駅間の鉄道整備事業で2022年末の完成予定である.しかし、ミャンマー側は一刻も早期の完遂を強く希望している。この区間の整備事業に対して我が国政府は2016年8月28日他の水道事業などを含めて1000億円の融資を提供することを決定し、9月開催されるASEAN関連会議と東アジア首脳会議にて、ミャンマー新政権に安倍首相が融資表明を行った。なお、JICA社会基盤・平和構築部は2016年7月14日YouTubeにヤンゴン~マンダレ―間整備事業を動画で大変分かり易く配信されているので御参照下さい。検索名は『ミャンマー国ヤンゴン・マンダレー鉄道整備事業』- YouTubeです。

(5) 緬国鉄道の事業展開に関する目下の重要点

目下、ミャンマーの実状は誕生したばかりの新生児の様態である。国家の経済、工業、インフラなどは一から始めなければならない。鉄道も然りである。旧来からミャンマーは我国に対する鉄道支援を心中から期待されていたこともあって現下、諸外国の中で我国がミャンマー 鉄道支援の中心になっている。ミャンマー鉄道の近代化が直ぐに欧米などの先進国並のレベルへ到達出来なくとも、日・緬の 双方が力を合わせ、ここ十年の内に近代化の領域 乃至 その近くまで持って行かねばならない。

もし、そうでない結果に終われば、ミャンマーのみならず、注視している諸外国からも我が国の実力と誠意を失墜することになるであろう。それ故、重要なことは“ミャンマーの身の丈に合い、ミャンマー自らが主体となった鉄道近代化への積極的な取組により段階的に成果をあげる指導”、 “安易なODA供与で緬国を借金地獄にするのではなく” また、“行き過ぎた技術支援も行ってはならない”。

(日本から最初(2005年)に譲渡されたヤンゴン駅構内のJR西日本のキハ58。ヤンゴン~ネピード間の特急列車として運行された。)

平和と共存を外交方針とする我国は植民地的な政策ではなく、友邦であるミャンマーへ真に自立した鉄道支援と事業展開を正道にして果敢に図り、それが我が国(企業も含む)の利益に結び付くようにすべきと考える。

従って、我が国は当面、単なる利益追求のみのために支援及び事業展開を行ってはならない。所謂、この点も配慮し、将来の利益とdealing(取引)も視野に入れた戦略的なミャンマーへの取組みが必要であると思う次第である。 (おわり)

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